(天狗の山から降りた少年でありながら、いまだ独りであった)

遺留品 : 砂井少年17歳の手記とPC

「インターネットへの道」

少年作メモ インターネットへの道は遥か遠い
(成立時期:高校2年後半)
少年所有の遥かいにしえのPC
(入手時期:高校2年後半)

研究 :

 少年最期の年、インターネット導入の苦闘をにじませたメモと、入手した企業用パソコンである。「モデムがない」という真理に到達するまで、LANコネクタに電話線を差す孤独な修行をしていたのであった。

 少年の母の日記(聞書)によると、おそらく、モデム入手は高校2年春休み4月1日。プロバイダ契約まで、さらに13日かかっている。気の遠くなる話である。

 インターネットの主たる用途は、紙片に記されていないし、当時のパソコンは壊れ、その記録も未発掘である。

 しかし、少年の大志が「少年愛者な彼氏と出会ってプラトニックに恋愛したい」であることは、これまでみてきた遺留品からうかがえるため、主たる用途は容易に推察できる。

 亡き少年の探し物は、「エッチなし」の恋愛関係を求めるゾーンであり、同性愛でなく厳密に少年愛であり、しかも「オフ=現実」への入口であっただろう。

 しかも、この方針をハッキリさせたゾーンは見つからず、作れず、少年期を終えたであろう。

 なぜなら、そんなゾーンの存在、許されていないし、仮に存在したとしても、いろいろ工夫しているものであって、砂井少年に発見できるものではない。

 砂井少年は、インターネットに不慣れなだけでなく、少年愛の現状についても知らないのである。少年愛が、同性愛とはちがって、犯罪街道にしか存在を許されていないことを知らないから、たとえ同性愛風に工夫しているゾーンがあったとしても、大志とは無縁と判断したであろう。一般的タブーだとは思っていたが、まさか法令までもが迫害しているとは知らなかった。

 もし、知っていたら、迫害と闘う文書に遺しただろう。これまで、学校的なるものへの反感を遺してきた砂井少年が、そんな文書すら遺せないほど屈するとは考えがたい。また、そんな少年愛解放思想を遺していたら、それを公開したいぼくが見落とすわけもない。

 こうして、何も知らず何事もない17歳のインターネットライフであったが、「オフ」ではどうだったろうか。みわたす限りひろがる田畑や土手の向こう、蝶が消えていく小道などみつけると、何か新たな世界が広がっていそうな気がして入ってみたり、突然、電車に乗って遠い街に行ったりした気もする。

 しかし、記録もないし、何事もなかったから、今こんなホームページを作る羽目になっているのであろう。

(さようなら砂井少年)

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