遺留品 : 砂井少年15歳の手記

「将来の夢」抄

将来の夢 砂井藍緑(※原文では本姓表記)

☆今、中三の二月になろうとしている。授験(※1)シーズンである。ホンライならば、こんなことかくよか授験せいやというものだろーが、僕はそんなことにキョーミはない。ただ、将来にかかわることなのでしかたないのだ。でも、やはりそんなことでナットクしたくない。もっと理想通りの生活がしたい。特に、十五、十六のうちは人生の中でも、もっとも重要だ。なぜなら「美少年」のピークはこのあたりだ。ここをすぎるとムリが発生してハメツする。
「シアワセなナルシストになりたい!」これは前からずーっと思ってきた。でも自分はキライなのだ。しかしそれも「夢」をこの世にもってくるためにはしかたないのだ。そして、この「しかたない」は、授験のそれとちがって、「自分の将来のために努力する」というところからきているから、楽しい方向なのだ。それでいろいろかんがえまくってるうちにもう中学もおわっちまうわけだが、やっと方向がきまった。私は前の凡外雄三郎(※2)みたようなアコガレなら、三十でも四十でもそのさきでもできるが、「美少年」はまずムリだ。やるなら今しかない。今から「美少年」の状態になって、青春をすごせばシアワセなナルシストの道にすすむことができる。そう思った。
 まず、金田一耕助をめざしてたカッコを一時停止して美少年になる。でも少し工夫しなくては自分を美少年だとも思わないし、カワイイとも思えない。(これではナルシストになっていない)
 ワザとのばしてたヒゲもスネゲも消滅させ、この世から一時まっさつする。そしてまつげやかみのけは一時はんえいさせる。(あとでまつげがおちても、かみのけが死んでも、今の時期に美少年をやることにはかえられない。)
(※中略)
 しかし、これは「美少年という状態」になっていない。なぜなら、おかれているかんきょうを計画に入れていないからだ。しかし、このことについては自分だけではできない。世の人のうち、僕のような人間の協力が必要だ。
 つまり――
 きわめて弱い心で、体も弱そうな男で、性格はロマンチスト。これがサイテーのじょうけんだ。ロマンチストでないとこれからのべることをうけいれてはくれないのだ。そして僕より年上で、美少年美少女には一種のあこがれをいだいている人、そして、家をもっている人で、一人暮らし (※3)

 その人の家に屋根裏部屋とか、天井裏の空間があれば夢よりサイコーだ。
 僕はその人の家のその場所におかせてもらう。そしてその人におつかえしてみたい。
 ホントウの使用人にもなれないし、ホントウのしもべにもなれない。それには愛も恋もないから。しかし、その理想の人物はロマンチストなので、僕をかわいがるためにしもべにしてくれる。(なんとステキな恋愛であろうか。)僕は食事以外のメイレイには忠実になる。ただし、愛のあるメイレイ、その行為自体に恋の念をいだくことのできるメイレイのみ忠実だ。しかもプラトニックな恋愛で、普通の恋人のやる、キスとか、ベッドシーンとかはしない (※4)

 ――だれでもいい、こういう風になるために必要な「彼」にあわせてくれ。
「彼」のカオについてはどーでもいい。
 僕はほとんど「性格」で愛せる人間だ。
「彼」にあいたい。おつかえしたい。
 これが僕の将来の(青春のうちの)夢(キボウ)だ。

(成立時期:中学3年1月末)

注記 :

※1授験)受験の誤記。受験に関する意欲と実力の低さが尋常でない。

※2凡外雄三郎)おおち・とおざぶろう。芥川龍之介をイメージして造形した渋い理想像。

※3一人暮らし)少年は、恋人がアパートで両親と暮らしていたら袖にしてしまうのか? おそらく、そうではない。二人きりになれれば、なんでも良いらしい。

※4キスとか)従属関係を夢見てもいるような口ぶりだが、よくよく読むと、自分の気の向くこと以外しないばかりか、キス一つしてあげないのだから恐れ入る。
 文章後半は、理想の男性像を語る体裁であるが、実質、少年愛のための引き算式である。攻撃的な他者の回避(語例「一人暮らし」)、過剰な刺激の回避(語例「プラトニック」)、権力の回避(語例「弱い」)。

(文末はお祈りになってしまったが、プラトニックな少年愛を注がれる少年となることを、遂に将来の夢として明記した少年だった)

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